大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)88号 判決 1985年12月23日

原告 上原正光

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 小山三代治

同 錦織正二

同 小原健

同 清井礼司

同 田村公一

被告 国

右代表者法務大臣 嶋崎均

右指定代理人 江藤正也

<ほか七名>

主文

一  被告は、原告上原正光に対し、金九万一三五二円と内金七万六八七六円に対する昭和五四年九月五日以降、内金一万四四七六円に対するこの裁判確定の日の翌日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告松本主税に対し、金八万八九四八円と内金七万五一五四円に対する昭和五四年九月五日以降、内金一万三七九四円に対するこの裁判確定の日の翌日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告上原正光及び原告松本主税のその余の請求並びに原告竹内淳の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告上原正光及び原告松本主税と被告との間においては全部被告の負担とし、原告竹内淳と被告との間においては、被告に生じた費用の三分の一を原告竹内淳の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告上原正光に対して金一九万九六八二円、原告松本主税に対して金二〇万七五三九円、原告竹内淳に対して金五万〇一七四円及びこれらに対する昭和五四年九月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項について仮執行宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

原告らはいずれも郵政事務官であり、昭和五三年当時、原告上原及び同竹内は中原郵便局第二集配課に、原告松本は同局第一集配課にそれぞれ所属していた。

2  原告らの年次有給休暇の請求

原告上原は、昭和五三年五月一〇日、中原郵便局長に対し、同月一八日ないし二〇日の年次有給休暇(以下「年休」という。)の請求をした。

原告松本は、同年四月一五日ころ、同局長に対し、同年五月一八日ないし二〇日の年休の請求をし、また、同月一三日朝、同局長に対し、同日の年休の請求をした。

原告松本の同年五月一三日についての年休請求は、当日の朝、電話で行われた。休暇に関する規程上は、年休請求は、前日正午までに書面で行うこととされているが、当日の勤務開始前に電話で請求することも職場慣行上認められており、原告松本の右請求は、この慣行に則ったものである。

原告竹内は、同年九月四日、同局長に対し、同月一六日の年休の請求をした。

原告らの右の年休の請求は、いずれも原告らが当時有していた休暇日数の範囲内で行われたものである。

3  被告の賃金不払

原告らは右各日に勤務をしなかったところ、中原郵便局長は、これらについて年休の取扱いをせず、欠勤として処理し、被告は、右欠勤を理由として、原告上原については金一万四四七六円、原告松本については金一万八一八三円、原告竹内については金四二九八円の賃金を支払わなかった。したがって、被告は原告らに対し、右各未払賃金及びこれと同額の附加金を支払うべき義務を負っている。

4  不法行為

(一) 中原郵便局長古田土正治は、原告上原及び同松本に対し、同年六月三〇日、右各欠勤を主たる理由として、それぞれ二か月間俸給月額の一〇分の一を減給する旨の処分をした。また、中原郵便局長梶田勝二は、原告竹内に対し、同年一〇月一九日、右欠勤を主たる理由として、訓告の処分を行った。

(二) 前記のとおり、原告らは年休請求を行ったうえで勤務をしなかったのであるから、これらを欠勤として取り扱ったことは違法であり、右各欠勤を主たる理由とした右各処分もまた違法である。右各局長は、公権力の行使に当たる国家公務員であり、右各処分は、右各局長が、その職務を行うに付いて、それらが違法であることを知りながら、又は少なくとも過失によって違法であることを知らずに行ったものであるから、被告はこれらによって原告らが受けた損害を賠償すべき義務を負っている。

5  原告らの損害

(一) 原告上原及び同松本は、前記減給処分によって、原告上原が二万二四〇〇円、原告松本が二万一三六〇円をそれぞれその給与から減じられ、右各金員相当額の損害を受けたほか、昭和五四年四月一日の定期昇給において、右処分を理由として昇給を延伸され、これによって同年四月ないし六月分の給与において、原告上原が二二五〇円、原告松本が一九二〇円の不利益を受け、右各金員相当額の損害を受けた。

(二) 原告らは、右不法行為によって、未払賃金等の支払のみでは償うことのできない精神的苦痛を受け、これを金銭に評価すると、原告上原及び同松本についてはいずれも金一〇万円、原告竹内については金三万円に相当する。

(三) 原告らは、それぞれ原告訴訟代理人らに対し、本件請求金額の三割に相当する金員(原告上原については金四万六〇八〇円、原告松本については金四万七八九三円、原告竹内については金一万一五七八円)を報酬として支払う旨約した。

6  よって、原告らは被告に対し、前記未払賃金、附加金及び損害金とこれらの合計額の三割に相当する弁護士費用として、原告上原については金一九万九六八二円、原告松本については金二〇万七五三九円、原告竹内については金五万〇一七四円とこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年九月五日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実のうち、原告松本が昭和五三年五月一三日の年休を請求したこと及び原告ら主張の職場慣行の存在は否認し、その余は認める。

3  同第3項の事実のうち、中原郵便局長が、原告らについて年休の取扱いをせず、欠勤として処理し、欠勤日の賃金(具体的な金額の点を除く。)を支払わなかったことは認め、その余は争う。

4(一)  同第4項(一)の事実は認める。

(二) 同項(二)は争う。

5  請求原因第5項は争う。

《以下事実省略》

理由

一  原告らの地位

原告らがいずれも郵政事務官であり、昭和五三年五月当時原告上原が中原郵便局第二集配課に、原告松本が同局第一集配課にそれぞれ所属していたこと、原告竹内が同年九月当時同局第二集配課に所属していたことは、当事者間に争いがない。

二  原告松本の昭和五三年五月一三日の欠勤について

1  同原告が、同日、「日勤5」の勤務指定を受け、通配二五区の配達業務に従事するよう担務指定されていたことについては、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

郵政事業に勤務する職員のうち、原告らのように「国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法」の適用を受ける者については、同法六条の規定により、主務大臣又はその委任を受けた者が、休暇等に関する規程を定めなければならないとされており、郵政省では、これを受けて、「郵政事業職員勤務時間、休憩、休日および休暇規程」(昭和三三年公達第四九号)を定めている。

右規程は、後記計画年休以外の年休(以下「自由年休」という。)の請求手続について、職員は、「所属長に対し、請求書を、原則として、その希望する日の前日の正午までに提出しなければならない。」(六九条一項)とし、その例外として、「病気、災害その他やむを得ない事由によって、あらかじめ休暇を請求することが困難であったことを所属長が認めたときは、職員は、その勤務をしなかった日から、週休日および祝日を除き、おそくとも三日以内に、その事由を付して請求書を提出することができる。ただし、この期間中に休暇を請求することができない正当な事由があったと所属長が認めたときは、職員は、右の期間をこえて請求書を提出することができる。」(同条二項)と定めている。

しかし、同原告は、昭和五三年五月一三日午前七時五〇分ころ、中原郵便局に電話して、上司の石黒第一集配課長に対し、何ら理由を説明せず、単に「今日出勤できません。」と告げ、同日勤務しないことを初めて管理者に明らかにしただけで、同日、終日欠勤した。

そして、同月一五日、石黒課長から事情聴取を受けたにもかかわらず、同原告は、右欠勤の理由はもとより、右欠勤の前日までに年休請求をしなかった理由も明らかにせず、その後もこれらについて管理者に説明することはなかった。そのため、当局としては、同原告があらかじめ自由年休の請求をすることが困難であったと認めるに足りる事由を見い出すことはできなかった。(なお、原告らは、当日の勤務開始前に電話で自由年休の請求をし得る旨の職場慣行があった旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿う部分があるが、右部分は、これに反する証拠略に照らし、にわかに信用できず、他に右慣行の存在を認めるに足りる証拠はない。)

2  右事実関係によると、同原告の右欠勤については、適式な年休請求がされていないから、これを年休として取り扱わなかった中原郵便局長の措置は、適法かつ有効である。

三  第一及び第二集配課の人員配置と個々の職員の勤務内容の決定方法

中原郵便局の業務概要が抗弁第1項記載のとおりであること、昭和五三年五月一日当時の第一及び第二集配課の現在員及び外務職員の曜日別の配置人員が抗弁第2項及び第3項記載のとおりであること、並びに勤務指定及び担務指定の意味が被告の主張するとおりであることについては、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  人員配置

郵便物配達業務に従事する外務職員の数は、昭和五三年五月一三日現在で、第一集配課が五〇名、第二集配課が五五名となっていたが、通常日(火曜日から土曜日までをいう。)における必要配置人員は一応第一集配課が四〇名、第二集配課が四四名とされていた。通常日における配置人員の内訳は、第一集配課が、通配区二九名、速達日勤区五名、同夜勤区三名、小包区一名、主事勤務二名であり、第二集配課が、通配区三二名、速達日勤区五名、同夜勤区三名、小包区二名、主事勤務二名となっていた。しかし、小包区については、両課とも、常に右人員を配置しているわけではなかった。すなわち、小包郵便物が少ないときなどは、第一集配課においては小包区に要員を配置せず、第二集配課においては、小包区に一名のみの減員配置を行ったり、全く要員を配置しないこともあった。このような場合には、通配区の担当者が通常郵便物と併わせて小包郵便物を配達することなどによって処理していた。たとえば、同年五月一二日(金)から同月二四日(火)までの通常日九日間のうち、第一集配課において小包区に要員が配置されたのは、一二日、一八日ないし二〇日と二四日の五日間であった。

ところで、右両課においては、外務職員をそれぞれ五つの班に編成し、各班ごとに担当すべき通配区、速達区及び小包区を特定していた。当時の各班の所属人員数と担当区は、次のとおりである。

(第一集配課)

所属人員    担当区

一班 10名 通配1ないし6区、速達日勤1、2区、速達夜勤1区

二班 10名 通配7ないし13区、速達日勤1、2区、速達夜勤1区

三班 9名 通配14ないし18区、速達日勤3、4区、速達夜勤2区、小包区

四班 10名 通配19ないし24区、速達日勤3ないし5区、速達夜勤2、3区、小包区

五班 9名 通配25ないし29区、速達日勤5区、速達夜勤3区、小包区

(原告松本所属)

(第二集配課)

所属人員    担当区

一班 10名 通配1ないし6区、速達日勤1区、速達夜勤1区、小包1区

(原告上原所属)

二班 10名 通配7ないし12区、速達日勤2区、速達夜勤1、2区、小包1区

三班 12名 通配13ないし19区、速達日勤3区、速達夜勤2区、小包1区

(原告竹内所属)

四班 10名 通配20ないし25区、速達日勤4区、速達夜勤3区、小包2区

五班 11名 通配26ないし32区、速達日勤5区、速達夜勤3区、小包2区

右のような配分によって各区に一名ずつの要員が配置されることになるが、速達区や小包区では同一の区を複数の班が担当していることもあり、その場合は、そのいずれかの班から当該区に要員を配置すれば足りる。また、これら配達区の担当者のほかに、これを補助するための補助担当者が配置されることがある。補助担当者には、新規採用者などでいまだ単独で配達区を担当する能力のない者、又は勤務年数が長く、配達業務に熟達している者が配置される。

2  勤務指定と担務指定

外務担当の各職員の具体的な勤務の内容は、勤務指定及び担務指定によって決定される。まず、所属長である中原郵便局長が、四週間単位で各職員ごとに各日における勤務の種類(日勤、夜勤等)及び始終業時刻と週休日を指定する。これを勤務指定といい、局長は、勤務指定表を作成し、当該四週間の勤務開始日の一週間前までに職員に周知する。その後、各課長が、右勤務指定を前提として、各職員ごとの具体的な職務の内容を職務命令として指定する。これを担務指定といい、各課長は担務表を作成し、各勤務日の前日の正午までに職員に周知する。これによって、各人の各日における担当区が確定する。

勤務指定と担務指定の具体的手続は次のとおりである。まず、各班の班長が右四週間分の自班における担務指定の案を作成する。これを各課の担当主事又は課長代理が取りまとめて調整し、そのような担務指定を可能とする勤務指定の案を作成する。この案を各課の課長代理、副課長、課長らが更に調整し、最終的に郵便局長の決裁を得て、勤務指定が決定される。

したがって、勤務指定が決定されるまでには、担務指定の案もできている。しかし、その後、自由年休の取得等の事情変更が生じる余地があるので、この案がそのまま確定するのではない。事情変更が生じたときには、担務指定案を修正するとともに、必要に応じて勤務指定も変更する。こうした経緯を経て、前記のとおり、各勤務日の前日正午までの事情を考慮に入れて、担務指定が決定される。

ところで、各職員は、自班の担当区のすべてに通区能力(配達区域内の配達先の氏名、家族名、所在、道順等を記憶して、自らその配達先へ郵便物の配達を完了させ得る能力)を有するものではないから、担務指定に当たっては、当該区に通区能力を有する者をその区に指定せざるを得ない。担務指定に当たっては、このことのほか、業務の繁閑等種々の事情が考慮される。

四  物数調査について

1  抗弁第5項の事実のうち、郵政省において毎年物数調査が行われていること、及び中原郵便局において、昭和五三年四月一七日に、同年の物数調査の実施月日を決定したことについては、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

物数調査は、郵政省が、郵政省統計調査報告規程(昭和三二年公達第四九号)に基づいて、毎年全国的規模で各郵便局ごとに郵便物の受け入れから配達までの全取扱量を計測、集計するもので、その目的は各局における要員配置計画の資料を作成することにある。したがって、調査に当たっては、調査当日における郵便物数を正確に把握することが特に要求され、もし、調査当日の郵便物数が平常日のそれと異なるときは、その理由を付記することが求められている。

第一及び第二集配課に直接関係する外務関係の調査の概要は、次のとおりである。調査日における外務従事員別、外務作業別の作業量等の記録として、運送、配達郵便物前送作業記録表、取集作業記録表、速達作業記録表及び配達作業個人別記録表を作成する。そして、各課ごとに以上四種類の表をまとめて、外務従事員服務状況表を作成し、その課全体における調査当日の外務従事員の服務状況及び作業量を明らかにする。これとは別に、各課ごとに、通常日、月曜日及び休日のそれぞれについて外務服務計画表を作成し、その課における通常日、月曜日及び休日の要員配置計画を明らかにする。

中原郵便局における昭和五三年の物数調査については、次のとおりである。まず、同年四月一三日付けで関東郵政局郵務部長の実施通達が発せられ、これが翌一四日に中原郵便局に到達した。同局では、同月一七日に、その実施月日を同年五月一八日(木)、一九日(金)、二二日(月)の三日間とする旨決定した。第一及び第二集配課においては、それぞれ同年四月一九日の班長ミーティング(班長以上の役職者が出席する。)において、物数調査実施の旨及び実施日が各班長に伝達され、各班長はそのころ班所属の一般職員にその旨を周知した。

2  右のような物数調査の目的に照らすと、物数調査においては各郵便局における平常の業務の実情がそのとおりに報告されることが求められており、平常の業務とことさらに異なった処理態勢を取ることは有害無益であると考えられるのであって、このことからすると、調査の当日はもとより、その前日以前においても、平常どおりの要員を配置して業務を行うことが必要であると考えられる。なぜならば、例えば、調査当日にことさら平常より多くの要員配置を行うとすると、職員一人当たりの作業量が平常よりも少くなり、本来多忙な局においても作業に余裕があるような調査結果が出て、本来行うべき職員の増員を差し控えることにもなりかねないし、逆に、ことさら平常より少ない要員配置を行った場合は、その逆の結果を招くことにもなりかねないし、また、調査前日以前にことさら平常と違った要員配置を行うことは、調査当日に本来ならば滞留しているはずの郵便物を減少又は増加させ、前同様の結果を生じさせるからである。

したがって、調査当日又はそれ以前の日における年休の請求に対し時季変更権を行使すべきか否かを判断するに当たっては、物数調査が実施されるからといって何らかの特別な配慮をする必要はなく、その年休を与えることが通常の業務の正常な運営を妨げるか否かのみを考慮すれば足りるというべきである。

五  原告松本に対する時季変更権行使に至る経緯とその際の第一集配課の人員配置状況

昭和五三年五月一八日ないし二〇日の三日間が原告松本に対する計画年休の付与予定日であったこと、被告主張の福島についての訓練実施の決定通知が同年四月二四日にあったこと、及びその後、同年五月一八日ないし二〇日の三日間について、同原告に対し、いずれも「日勤5」の勤務指定がされ、通配二七区の配達業務に従事するよう担務指定されたことについては、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  原告松本に対する計画年休の付与

郵政省における年休には、その付与方法によって、自由年休と計画年休の二種類がある。このうち、自由年休は、労働基準法及び労働協約によって発生した年休のうち、計画年休とされる以外のものをいう。

計画年休の対象日数は、前年度の年休発給日数で前年度中に与えられなかった日数のうち一〇日に達するまでの日数、及び前々年度の発給日数で前年度までに未使用となった日数である。付与方法は、職員が年次有給休暇請求書にその希望する時季を記入した年次有給休暇計画付与希望調書を添付して所属長に提出し、所属長が、年度の初頭において、職員の請求により、業務の繁閑等をしん酌して、各人別に当該年度中の休暇付与計画を立て、できるだけ当該職員の希望する時季に年休を割り振るよう配慮して付与計画を決定し、これを当該職員に通知している。

第一集配課においては、昭和五三年四月一五日に同年度の計画年休の各人別付与予定月日が決定された。その際、原告松本については、同年五月一八日ないし二〇日の三日間が計画年休の付与予定日とされた。なお、同原告は、当初同月二五日ないし二七日に計画年休を付与されるよう希望していたが、右三日間には同原告と同じ第五班所属の池川も計画年休の付与を希望していたため、同一班内から同一日に複数の者に計画年休を付与することはしないことを原則としていたことから、石黒課長の調整により、右のように決定されたものである。

2  時季変更権の行使

その後同年四月二四日に至り、原告松本と同じ第五班所属の福島について、同年五月一〇日から七月二八日までの間、訓練のため京都郵政研修所へ入所させる旨の決定が通知された。福島が同年中に右のような訓練を受けることは右通知以前から同課で了知していたが、その実施期間は右通知によって初めて判明した。

同年五月一八日ないし二〇日の三日間を含む同年五月期(同月七日(日)から翌六月三日(土)までの四週間)における同課の勤務指定は、同年四月二七日に中原郵便局長の決裁を経て決定され、同月二九日に職員に周知された。右勤務指定の原案は、同課の加藤主事が各班長から提出された案に基づいて作成した。右原案作成時には、既に物数調査の実施月日も福島の訓練期間も明らかになっていた。しかし、原告松本が所属する第五班の伊藤班長は、同原告に予定どおり計画年休を付与することを前提とした担務指定の案を作成して加藤主事に提出し、加藤主事もこれを前提として勤務指定表の原案を作成した。このため、同原告に予定どおり計画年休を付与する旨浄書された勤務指定表が作成された。その後同課の石黒課長は、福島の訓練参加のため第五班の人員が手薄になっていることから、物数調査を完全に実施するには、同原告の計画年休の時季を変更することが必要であると考え、そのことを加藤主事及び伊藤班長に指示した。右両名は、時季変更の必要性については理解しかねたが、右指示のとおり、勤務指定表の同原告の五月一八日から二〇日までの欄について、いったん浄書されていた計画年休の表示を削除し、「日勤5」の表示に改めた。石黒課長は、右のように判断するに当たり、通区能力等の関係で他の欠務予定者に出勤を命じるよりも、同原告に対して時季変更権を行使するのが妥当であると判断したにすぎず、他の欠務予定者に出勤を命じることができるか否かについては、すべての欠務予定者について検討したわけではなかった。

そして、石黒課長は、同月一六日午後一時四四分ころ、小林課長代理を立ち会わせたうえ、原告松本に対し、福島が訓練で欠務しているため、担務の差し繰りがつかず、同原告が出勤しなければ物数調査の実施に支障が生ずるとの理由を告げて、同月一八日ないし二〇日に同原告に付与することが予定されていた計画年休について時季変更権を行使し、これを同年六月一三日ないし一五日の三日間に振り替える旨通告した。(なお、石黒課長の右加藤主事らへの指示の時期については、証人石黒安五郎の証言中には、勤務指定表が決定される前の同年四月二四、五日ころ、右指示を行い、同日及び同月二七日に原告松本に対して口頭で時季変更権を行使したとの部分がある。しかし、弁論の全趣旨によると、石黒課長のいう右の二回の時季変更権行使については、現認書等の記録は全く存在しないことが認められるし、《証拠省略》によると、同年五月一六日に時季変更権を行使したときには、石黒課長及びこれに立ち会った小林課長代理がその際の状況を詳細に記載した現認書を作成しているところ、その際の石黒課長と原告松本とのやりとりには、それ以前に時季変更権の行使があったことをうかがわせる発言が全く存しないことが認められる。これらの事実と、時季変更権を行使する場合には立会人の立会を得た上で本人に告知していたとの《証拠省略》に照らすと、石黒証言の右部分はにわかに信用できず、勤務指定表の記載が右のように訂正されたのは、早くても勤務指定表が職員に周知されたのちであり、時季変更権の行使も同月一六日に至ってはじめて行われたと認めるべきである。)

六  原告松本に対する時季変更権行使の当否

原告松本に対する時季変更権の行使は、計画年休についてのものである。ところで、計画年休は、前記のように所属長が年度初頭において職員の請求により業務の繁閑等をしん酌して各人ごとに当該年度中の付与計画を立ててこれを付与するものであるから、年度の途中において時季変更権を行使し、右計画の休暇付与予定日を変更することのできるのは、計画決定時においては予測のできなかった事態発生の可能性が生じた場合に限られるというべきである。そして、その場合においても、時季変更により職員の被る不利益を最小限にとどめるため、所属長は、右事態発生の予測が可能になってから合理的期間内に時季変更権を行使しなければならず、不当に遅延した時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年九月三〇日第二小法廷判決・民集三七巻七号九九三頁参照)。

これを本件についてみるのに、石黒課長は、昭和五三年五月一六日に至り同月一八日ないし二〇日の原告松本の計画年休付与予定日を変更したものであるが、その変更の理由は、同原告と同じ班に所属する福島が訓練で欠務しているため担務の差し繰りがつかないこと及び同原告が出勤しなければ物数調査の実施に支障が生ずることの二点である。しかし、前記認定のように福島が同年五月一〇日から同年七月二八日までの間訓練のため京都郵政研修所へ入所することは同年四月二四日に判明していたことであり、また、物数調査の実施日が同年五月一八日、一九日及び二二日と決定されたのは同年四月一七日であり、同月一九日にはその旨が班長ミーティングで報告されていたのである。そうすると、石黒課長が計画年休の変更の理由に当たる二つの事実を知ったのは同年四月二四日であるから、原告松本に対する計画年休の変更をしなければならない事態の発生の予測が可能となったのは同日であると認めることができる。そうであるとすれば、石黒課長が計画年休付与予定日の直前である同年五月一六日に至って時季変更権を行使したことは、合理的期間内にされたものということはできず、不当に遷延したものであって許されないものといわなければならない。

七  原告上原に対する時季変更権行使に至る経緯とその際の第二集配課の人員配置状況

原告上原が昭和五三年五月一〇日に同月一八日ないし二〇日の三日間について自由年休の請求書を提出したこと、及び同原告が、右三日間のうち、一八日及び一九日には「日勤1」の勤務指定を受けて速達日勤一区の配達業務に従事するよう担務指定され、二〇日には「夜勤3」の勤務指定を受けて速達夜勤一区の配達業務に従事するよう担務指定されていたことについては、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  時季変更権の行使

第二集配課の鈴木課長は、原告上原の本件年休請求を受けたのち、直ちに同原告の所属する第一班の人員配置状況を検討した。そして、一班には一〇名が所属しているが、右請求の対象となった同月一八日から二〇日までの三日間については、同班から連日通配区に六名の要員を配置し、これに加えて、一八日には速達日勤区及び同夜勤区に各一名の合計八名、一九日には速達日勤区に二名、小包区に一名の合計九名、二〇日には速達日勤区、同夜勤区及び小包区に各一名の合計九名の要員を配置する必要があると考えた。

ところが、同班の成川主任は、同年四月二〇日の逓信記念日に郵政大臣表彰を受け、その記念旅行を同年五月一七日から二一日まで予定しており、既に旅館等の予約も済ませていた。そして、同人の勤務指定は、同月一七日は自由年休を取得し、一八日と二一日は週休、一九日は非番に指定され、また二〇日は計画年休の付与予定日とされていた。また、同班の大滝は、同月一八日に非番となっており、これを利用して、ぜん息にり患した子供を転地療養させるため郷里の福島県へ旅行をする予定であった。

このように、第一班には、原告上原が自由年休の時季指定をした三日間のうち、一八日には二名、一九日及び二〇日には各一名の社会通念上やむを得ない理由に基づく欠務者が同原告の自由年休請求の時点で既に予定されていたため、鈴木課長は、これらの者を除外すると、同班においては原告上原を含めてようやく必要配置人員を確保することができることとなり、同原告に自由年休を取得させると、同班の担当区に担当者のいない状態を生じさせ、ひいては予定されている物数調査も完全に実施することができないなど業務の正常な運営を妨げる事情があると判断した。そこで、鈴木課長は、同月一一日午前一〇時四四分ころ、原告上原に対し、物数調査があって、要員配置上自由年休を付与することができないから、これを同月二三日以降に振り替える旨告げ、時季変更権を行使した。

2  昭和五三年五月一八日ないし二〇日の三日間における第二集配課の要員配置状況

右三日間について、担務表によって最終的に指定された同課各班の要員配置状況は、次のとおりである。

(五月一八日(木))

通配区

速達区及び小包区

欠務者

一班 六名

速達日勤区一名

(原告上原)

速達夜勤区一名

週休一名

非番一名

二班 六名

速達日勤区一名

小包区一名

計画年休一名

非番一名

三班 八名

速達日勤区一名

(内一名は補助担当者)

計画年休一名

出張一名

病休一名

四班 七名

(内一名は補助担当者)

速達日勤区一名

速達夜勤区一名

計画年休一名

五班 七名

速達日勤区一名

速達夜勤区一名

小包区一名

非番一名

合計  三四名

一〇名

九名

(五月一九日(金))

通配区

速達区及び小包区

欠務者

一班 六名

速達日勤区二名

(内一名は原告上原)

小包区一名

非番一名

二班 六名

速達夜勤区一名

計画年休二名

三班 八名

(内一名は補助担当者)

速達日勤区一名

速達夜勤区一名

出張一名

病休一名

四班 七名

(内一名は補助担当者)

速達日勤区一名

小包区一名

自由年休一名

五班 七名

速達日勤区一名

速達夜勤区一名

計画年休一名

非番一名

合計  三四名

一〇名

八名

なお、この日、第一班が担当した速達日勤一区及び二区のうち、二区は本来第二班の担当すべき区であった。

(五月二〇日(土))

通配区

速達区及び小包区

欠務者

一班 六名

速達日勤区一名

速達夜勤区一名

小包区一名

計画年休一名

(原告上原)

二班 六名

速達日勤区二名

自由年休一名

三班 八名

速達夜勤区一名

(内一名は補助担当者)

計画年休二名

出張一名

病休一名

四班 七名

速達夜勤区一名

(内一名は補助担当者)

計画年休一名

自由年休一名

五班 七名

速達日勤区二名

小包区一名

非番一名

合計  三四名

一〇名

九名

3  必要配置人員の充足度

第二集配課における通常日の必要配置人員は、前記のとおり、主事二名を除き四二名であるが、同課の第一ないし第三班と第四班及び第五班とでは担当区が全く競合せず、第一ないし第三班のみについての必要配置人員は、通配区一九名、速達日勤区三名、速達夜勤区二名、小包区一名の合計二五名であった。ところで、昭和五三年五月一八日ないし二〇日の三日間における現実の第一ないし第三班の予定配置人員は、前記のとおり、一八日が二五名、一九日及び二〇日が二六名となっていた。しかし、右三日間に第三班の補助担当者とされている黒河は、新規採用者で通区能力がなく、他の者を補助するか、他の者の補助を得て配達業務を行い得るにすぎなかった。右黒河を除いた第一ないし第三班の配置人員は、一八日が二四名、一九日及び二〇日が二五名となり、一九日及び二〇日は必要配置人員と同数であり、一八日はこれより一名少なく、本来第二班又は第三班の者が担当すべき速達夜勤二区を第四班の五十嵐が担当して、これを補充している状況にあった。

他方、右三日間、第一ないし第三班には、一八日に七名、一九日に五名、二〇日に六名の欠務者がいた。これらの者の欠務の理由ないし必要性は、第一班の成川及び大滝については前記のとおりである。そして、右三日間とも欠務している者としては、第二班の八代(一八日非番、一九日計画年休、二〇日自由年休)、第三班の小林(哲)(三日間とも出張)及び原告竹内(三日間とも病休)がいるが、そのうち八代は、自己の結婚式の打合せのために欠務したもので、五月のはじめに同月二〇日の自由年休を取得しているし、小林の出張は、自動二輪指導者講習会開催に伴うもので、同月六日に発令されており、原告竹内は、同年三月二六日の新東京国際空港のいわゆる開港反対闘争に参加して負傷し、それ以来病欠していたものである。そのほかの欠務者は、いずれも計画年休を付与された者で、一八日に第二班の中川と第三班の青木、一九日に第二班の寺沢、二〇日に第三班の伊藤と会田がいるが、それらの取得日については、中川が同年四月一九日に取得したこと、寺沢が勤務指定表の作成された同月二九日以降に取得したこと以外は明らかでなく、中川以外の四名の計画年休取得と原告上原の本件年休請求との先後関係は明らかでない。また、右中川ほか四名が計画年休を必要とする具体的理由も明らかでない。

なお、五月一九日には、遠藤主事が計画年休を取得したため、第二班の阿部班長が、これに代って統括責任者として勤務し、配達区を担当しなかった。

八  原告上原に対する時季変更権行使の当否

年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件が充足されることによって法律上当然に労働者に生ずる権利であって、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をしたときは、客観的に同条三項ただし書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り、右の指定によって年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解するのが相当である(最高裁昭和四八年三月二日第二小法廷判決・民集二七巻二号一九一頁参照)。そして、労働基準法三九条三項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる」事由の存否は、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、時季を同じくして年休を請求する者の人数等諸般の事情を考慮して客観的に、かつ、年休制度の趣旨に反しないよう合理的に決すべきである。

本件においては、原告上原の所属する第二集配課の業務についてその正常な運営を妨げる事由があるか否かが問題となるのであるが、第二集配課では前記のように郵便物の取集め及び配達業務を行っていたのであるから、右の業務の正常な運営を妨げる事由の存否、換言すれば、郵便物の配達の遅れや未処理が発生することがないかどうかが問題となる。そして、各曜日における必要配置人員は前記のように郵便物の配達業務を円滑に処理するために定められた員数であるから、これを欠くときには特段の事情のない限り業務の正常な運営を妨げる事由があるということになろう。右の必要配置人員の確保のためには、代行者の配置ができないかを真剣に検討する必要があることは、いうまでもない。

被告は、時季変更権行使の理由として物数調査の実施をあげるけれども、前記のとおり、物数調査が実施されるからといって、そのためにことさら平常より多くの人員を配置する必要は認められないから、原告上原が自由年休を取得することによって、第二集配課の業務の正常な運営を妨げる事情が発生するか否かは、同課、特に同原告の所属する第一班で、平常必要とする配置人員を確保できないこととなるか否かによって決せられる。

そこで、同班の必要人員を検討すると、前記のとおり、通常日に同班は、通配一ないし六区及び速達日勤一区を同班のみで担当するほか、第二班とともに速達夜勤一区を、第二班及び第三班とともに小包一区をそれぞれ担当している。したがって、通配区に六名及び速達日勤一区に一名の合計七名の要員は同班から配置するほかなく、速達夜勤一区及び小包一区については、第二班及び第三班の要員配置状況によって左右されるが、合計零ないし二名の要員配置が必要となる。すなわち、通常日における同班の必要人員は、最低七名、最高九名となる。ところで、同班の所属人員は一〇名であるが、五月一八日ないし二〇日の三日間については、前記のとおり、成川が三日間とも、大滝が一八日に欠務する予定であり、これらはいずれも合理的理由に基づき、しかも原告上原の年休請求よりも先に決定されていたものであるから、同人らに欠務の予定を変更して出勤を求めることは不可能であり、原告上原に対する時季変更権行使の当否を考えるに当たっては、右三日間に同班で勤務に就くことのできる人員は、原告上原を含めて、一八日は八名、一九日及び二〇日は九名であったと考えざるを得ない。そして、右三日間の同班に対する現実の担務指定は、連日通配区六名のほか、一八日は速達日勤区及び同夜勤区に各一名の合計八名、一九日は速達日勤区二名及び小包区一名の合計九名、二〇日は速達日勤区、同夜勤区及び小包区各一名の合計九名となっていた。したがって、この担務指定を前提とする限り、原告上原に自由年休を付与すると、同班には担当者のいない配達区が生じ、業務の正常な運営を妨げることになることは明らかである。

しかし、同班の担当区のうち、速達夜勤一区は第二班と、小包一区は第二班及び第三班とともに担当しているのであるから、これらの班から右いずれかの区に担当者を配置できれば、第一班の必要人員が一名減じられ、一名は欠務可能な状態となる。また、小包一区には、前記のとおり、必ずしも毎日要員を配置していたわけではないから、右三日間の全部又は一部に、同区に要員を配置しない措置をとっても、同様の結果が得られる。更に、一九日については、本来第二班が担当すべき速達日勤二区に第一班から要員を配置しており、同区に本来の配置のように第二班から要員を配置すれば、少なくとも同日については、第一班から更に一名の欠務者を出すことが可能となる。

したがって、原告上原の自由年休取得により業務の正常な運営が妨げられるというためには、右三日間に、小包一区に連日要員を配置する必要があったこと、第二班又は第三班から欠務予定者に出勤を命ずるなどの方法により、速達夜勤一区又は小包一区に要員を配置することが不可能であったこと、及び一九日については第二班から速達日勤二区に要員を配置することが不可能であったこと、又は、仮に右のような措置によって、第一班の必要人員を一名減じたとしても、通区能力等の事情により、第一班内での要員の差し繰りがつかず、どうしても原告上原に勤務させざるを得ない事情があったことが、具体的に主張立証されることが必要である。

ところが、被告は、右事実関係について、具体的な主張立証をしない。ただ、《証拠省略》中には、右三日間の欠務者はすべて原告上原の年休請求以前に欠務が予定されており、要員の差し繰りができない状態であったとの部分があるが、右部分は、具体性を欠き、にわかに信用できず、少なくとも前記の青木、寺沢、伊藤及び会田の四名の計画年休取得については、原告上原の本件年休請求との先後関係が明らかでないといわざるを得ない(なお、この点は、被告が保管している当時の同課職員の勤務指定表全部を提出することにより、ある程度明らかになると考えられるところ、原告らがその提出命令を申し立てたこと、及び当裁判所がその要件がないとしてこれを却下するに先立って被告に対して任意提出をするかどうか照会したのに対し、被告が、これを拒み、仮に提出命令が発せられても提出しない旨回答したことは、当裁判所に顕著な事実である。)。また、鈴木課長が右四名について計画年休を取りやめて出勤することができないかどうかを真剣に検討した形跡をうかがうこともできない。

以上によると、右三日間について、原告上原の自由年休取得によって第二集配課の業務の正常な運営を妨げる事情があったものと認めることはできないから、鈴木課長の同原告に対する時季変更権の行使はその要件を欠き、無効といわざるを得ない。そうであるとすれば、右三日間について原告上原には年次有給休暇が成立したものといわなければならない。

九  原告松本及び同上原の有する請求権

1  未払賃金及び附加金

前記のとおり、原告松本及び同上原に対する時季変更権の行使が無効である以上、同原告らの昭和五三年五月一八日ないし二〇日の欠務は有給休暇として取り扱われるべきである。ところが、被告が、これを有給休暇として取り扱わず、右三日間について同原告らに賃金を支払わなかったことについては、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》を総合すると、右賃金の額は、原告松本については合計金一万三七九四円、原告上原については合計金一万四四七六円と認められるから、被告は、右原告らに対して右未払賃金の支払義務を負うとともに、労働基準法一一四条に基づきこれと同額の附加金の支払義務を負うこととなる。

2  不法行為による損害賠償

原告松本が昭和五三年三月一〇日に八分、同年四月二六日に二六分、同年五月五日に一七分、同月二六日に二五分、同年六月六日に二三分、同月一二日に二六分の、合計六回、二時間五分遅刻により欠務したこと、中原郵便局長が同年六月三〇日原告松本に対し、同原告が同年五月一三日、同月一八日ないし二〇日の計四日間欠務したこと及び右のように遅刻により欠務したことを理由として、二か月間俸給の一〇分の一を減給する旨の処分をしたこと、また、原告上原が同年二月七日に一〇分、同年三月一五日に五五分、同年四月七日に五五分、同年五月一日に三〇分、同年六月六日に三〇分の合計五回三時間遅刻により欠務したこと、中原郵便局長が同年六月三〇日原告上原に対し、同原告が同年五月一八日ないし二〇日の三日間欠務したこと及び右のように遅刻により欠務したことを理由として、二か月間俸給の一〇分の一を減給する旨の処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

しかし、同年五月一八日ないし二〇日の右原告両名の欠務は、いずれも前記のとおり、有給休暇として取り扱われるべきものであるから、懲戒処分の理由とすることはできないものである。そして、右各懲戒処分の理由によれば、原告両名の同年五月一八日ないし二〇日の欠務が各懲戒処分の主たる理由となっていることは明らかであるから、その点を処分の理由とすることができない以上、その余の処分の理由である前記の各遅刻及び原告松本の同月一三日の欠務の事実が存在するとしても、その事実のみを理由として、右のような処分をすることは、社会通念上著しく妥当性を欠き、懲戒権を濫用したものとして、違法といわざるを得ない。

そして、前記事実関係に照らすと、中原郵便局長は、右違法な懲戒処分を行うに当たり、少なくとも過失があったものと認めることができるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、右原告両名が右処分によって受けた損害を賠償すべき義務がある。

そこで、右原告両名が右処分によって受けた損害について考えてみると、《証拠省略》によると、右処分によって、原告松本は金二万一三六〇円、原告上原は金二万二四〇〇円をその給与から減額されたことが認められ、これが右処分による損害であることは明らかである。次に、弁護士費用については、本件事案の性質、右原告両名の請求額等諸般の事情を考慮すると、右処分による損害の賠償として被告に負担させるべき弁護士費用は、それぞれ金四万円が相当であると認められる。よって、被告は、損害金として、原告松本に対して金六万一三六〇円、原告上原に対して金六万二四〇〇円を支払うべき義務がある。

なお、右原告両名は、本件処分によって昇給延伸及び精神的苦痛を受けたとして、これらによる損害の賠償を求めている。しかし、まず、右原告両名が昇給を延伸されたこと及び昇給延伸と本件処分との因果関係については、これを認めるに足りる証拠がない。また、本件の事実関係に照らすと、原告らが本件処分によってある程度の精神的苦痛を受けたとしても、右精神的苦痛は、本判決の理由中において、本件処分の違法性が明らかとされることによって、慰謝される程度のものと認められる。したがって、原告らの右各請求は、いずれも理由がない。

一〇  原告竹内に対する時季変更権の行使とその当否

1  事実関係

原告竹内が、昭和五三年九月四日午後一時ころ、同月一六日の年休請求書を提出したこと、及びその当時全逓が闘争中であったことについては、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められこの認定に反する証拠はない。

全逓は、原告竹内の本件年休請求がされる以前から、全国的に郵便輸送合理化反対闘争を行っており、中原郵便局においても全逓の組合員により右闘争の一環として、原告竹内の年休請求の翌日である昭和五三年九月五日から、作業能率を低下させ、なるべく多くの郵便物を滞留させることを目標としたいわゆる業務規制闘争を連日行った。そのため、原告竹内の所属する第二集配課においては、日々滞留郵便物数が増加し、その数は同月九日には一万六八三〇通と一日に同課で取り扱うべき郵便物数約三万通のほぼ半数を超えるに至った。しかも、同日には、全逓中央本部から闘争継続指令が出され、労使双方ともに右闘争が長期化すると予想していた。その後、同月一三日までには、滞留物数もやや減少したが、依然として闘争解決の見通しはたたず、全逓の組合員らは依然として作業能率を大幅に低下させており、これにより生じた郵便物の滞留を解消するための対策としては、闘争中のため、いわゆる時間外勤務協定を締結できないことから超過勤務を命ずることもできず、辛うじて、土曜日や日曜日に管理職や非常勤職員を用いるなどして、ようやく滞留物数の増加を最少限にとどめている状態であって、これを早期に解消する見込みは全くなかった。特に、原告竹内の所属する第三班では、全逓の熱心な活動家が比較的多いこともあって、同班だけで同課の滞留物数の約三分の一を占めていた。

鈴木課長は、原告竹内から年休請求がされた後業務規制闘争の推移を見守っていたが、同月一三日、以上のような状況に鑑み、平常時の必要配置人員を超えて、連日なるべく多くの職員を確保して郵便物の処理に当たることが業務の正常な運営のため是非必要であると考え、原告竹内が自由年休日として時季指定をした同月一六日にも、右状況に変化は見込めないから、同原告に右指定日に自由年休を付与することは業務の正常な運営を妨げると判断し、同原告に対して、郵便物の排送状況からして自由年休を付与できないと説明して、年休請求を一〇月上旬に振り替える旨時季変更権を行使した。その際、原告竹内は、労働協約上、年休の時季変更には本人の同意が必要であるなどと主張するばかりで、自由年休を必要とする具体的理由を説明することはなかった。

鈴木課長の予想どおり、全逓の闘争は、同月一六日以降も継続した。中原郵便局では、同月一五日及び一六日に数十名の非常勤職員を採用して郵便物の処理に努めたが、同日現在で約七二〇〇通の滞留郵便物が残った。また、第三班では、同日、通配区に三名の補助担当者と一名の非常勤職員を配置して郵便物の処理に当たったが、通配一六区に担務指定されていた同原告が終日欠務したこともあって、前日からの滞留郵便物約六〇六〇通と当日の受入郵便物約五六〇〇通の合計約一万一六六〇通のうち、約九九四〇通を処理したにとどまり、約一七二〇通の郵便物が滞留した。

原告竹内は、右欠務後初めて出勤した同月一八日に、鈴木課長らから右欠務について事情を聴取されたが、その際も時季変更権を行使された際と同様の主張を繰り返すのみで、欠務に至った具体的な理由を説明することはなかった。

なお、同月一六日に同課で欠務した者は、同原告のほかに計画年休の者五名(矢向、八代、佐藤(広)、今井、遠藤)と自由年休の者一名(柳沢)の合計六名いるが、そのうち、第三班に所属する者は計画年休の佐藤(広)のみで、同人は、前記闘争の開始される以前から、一身上の理由で郷里へ帰る必要があるとのことで休暇を取得していたものであった。また、同日自由年休を取得した第四班の柳沢は、採用まもない者で、やはり右闘争以前に帰省のために自由年休を請求して認められていたものである。

2  時季変更権行使の当否

右認定事実によると、原告竹内が自由年休の時季指定をした時には既に全逓が闘争に入っており、郵便物の滞留が増加することが見込まれ、かつ、鈴木課長が時季変更権を行使した時には異常に多くの郵便物が滞留するに至っており、それが早期に解消される見込みがなかったというのである。郵便物を迅速に配達することは郵便事業の最も重要な任務の一つであることはいうまでもなく、郵便物の滞留を防止することは極めて重要なことがらであるから、前記のように大量の郵便物が滞留している状況は、既に業務の正常な運営が妨げられていることを意味する。そして、そのような状況下では、たとえ一人でも職員が年休を取得することは、右状況の解消を遅らせることになるから、やはり業務の正常な運営を妨げる事情がある場合に当たるということができる。したがって、鈴木課長が平常時の必要配置人員を超えてできる限り多くの要員を確保して郵便物の処理に当たることが業務の正常な運営に必要不可欠であるとしたことは、正当な判断であったものと解することができる。

もっとも、右認定事実によれば、原告竹内が自由年休の時季指定をした同年九月一六日に計画年休又は自由年休を認められた他の職員が存在しているのであって、平常時の必要配置人員を超えてできる限り多くの要員を確保して郵便物の処理に当たることが業務の正常な運営に必要不可欠であるとすれば、右の六名に対しても時季変更権が行使されるべきではなかったか、それにもかかわらず、右の六名に対しては時季変更権が行使されず、原告竹内に対してのみ時季変更権が行使されたことは、差別的取扱いではないかとの疑問が生じるのである。しかし、時季変更権行使の要件が存在する場合においても必ず時季変更権を行使しなければならないものではなく、これを行使するかどうかは、年休請求の時期、請求の理由等の事情をしん酌したうえ、使用者の健全な裁量に委ねられているものと解すべきところ、右の六名のうち、佐藤(広)及び柳沢については前記認定のような事実関係からすれば時季変更権を行使することが困難であるとする事情が存在するものということができるし、他の四名はいずれも計画年休であるのに対し、原告竹内の自由年休の時季指定は、何ら自由年休を必要とする具体的理由を説明することなく、年休の時季変更には本人の同意が必要であると主張したのみであって、他と取扱いを異にされてもやむを得ないというべきである。もちろん、年休の時季指定については何ら理由を説明する必要はないけれども、使用者が時季変更権を行使するか否かを考慮するに際しては年休の時季指定の理由をしん酌して社会通念上時季変更権を行使することが困難であると認められる事情がある場合に時季変更権を行使しないことは当然許されるものと解すべきである。

また、原告竹内は、右時季変更権の行使は、同原告がいわゆる成田闘争に参加することを阻止しようとしてされたものであるから、権利の濫用であると主張するが、鈴木課長にそのような意図があったか否かはともかくとして、右のような時季変更権行使の前提となる業務の正常な運営を妨げる事情が存在し、かつ、時季変更権の行使が困難であると認められる事情が存在しない以上、時季変更権の行使は適法なものと評価するほかなく、同原告の右主張は採用できない。

3  原告竹内に対する訓告の当否

同原告は、前記のとおり、適法な時季変更権の行使を受けたにもかかわらず、昭和五三年九月一六日に終日欠務し、その後の事情聴取においても欠務に至った事情を明らかにしなかった。また、同原告が、同年八月二一日に五四分、同年一〇月一七日に五八分遅刻したことについては、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、同原告は、同年七月二一日の勤務時間中、多数の職員とともに管理者の就労命令を無視して鈴木課長に集団で抗議し、六分間勤務を欠いたこと、中原郵便局長は、同年一〇月一九日、右の欠勤、遅刻及び集団抗議を理由として、原告竹内に訓告の処分をしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

右事実関係によると、原告竹内の右各行為は、国家公務員としての義務に違反するから、これらの事由により、中原郵便局長が同原告に対して訓告の処分を行ったことには、何ら違法、不当な点は見当たらず、右訓告は適法かつ正当である。

したがって、原告竹内の本訴請求は、すべてその前提を欠き、失当である。

一一  結論

以上によると、原告らの本訴請求は、原告松本及び同上原が前記九の未払賃金とこれと同額の附加金、損害金並びに右附加金を除くその余の金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年九月五日以降、附加金に対してはこの裁判確定の日の翌日以降それぞれ完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから(なお、右原告両名は附加金についても訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めているが、右附加金の支払義務はこれを命じる裁判の確定によって初めて生じるものであるから、それ以前の遅延損害金の請求は失当である。)、その限度で認容し、原告松本及び同上原のその余の請求並びに原告竹内の請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担については、原告松本及び同上原と被告との間では民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して全部被告の負担とし、原告竹内と被告との間では同法八九条を適用して、被告に生じた費用の三分の一を原告竹内の負担とし、その余は各自の負担とし、仮執行の宣言については、相当でないから、これを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 藤山雅行 裁判官矢崎博一は転勤のため署名押印できない。裁判長裁判官 今井功)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例